2013年7月9日火曜日

「乳母車」


アメーバブログより




おばあさんは 月曜日と、水曜日と、金曜日に ゴミ捨てに行く

もう何年も 何年も 何年も 同じことを繰り返してきた


足が悪くなってからは この、古ぼけた乳母車に

子供ではなく 、ゴミを乗せて ゴミ捨て場まで押していく



ごとごとごと



朝の静かな 住宅街に 乳母車の音が響き渡ると

どこからともなく 何匹も 何匹も

猫たちが姿を現す


おばあさんの猫たちだ


彼らは、まるでおばあさんを守るかのように

前に後ろに 横について回る

何年かで 猫たちの何匹かは、入れ替わり

まるで言い伝えられているかのように

おばあさんのお供をする


「ほっほっほっ」


おばあさんは、うれしそうに、ズボンのポケットから

煮干しを出す。


これが日課


ゴミ捨て場の かごの横には お地蔵様

古い、小さな石のお地蔵様



おばあさんは、ゴミをいくつも 捨てると

お地蔵様に おまんじゅうを あげる


少し、お地蔵様を スカーフで拭いて


お地蔵様の首に、スカーフを巻き付けた


「お別れですよ。お地蔵様。私は、今日で、お別れ。

 明日には、老人ホームとやらへ いくんだそうですよ」



おばあさんの顔は少し曇る。


「この子達をどうしましょうかね。お地蔵様 どうしましょう 」


おばあさんは、こくりと頷く


「そうですねえ。私がいなくとも、きっと、時間は流れていくんでしょうよ」


おばあさんは、まとわりつく猫たちを、乳母車に乗せた


猫たちは、おとなしく、うれしそうに乳母車に乗る



「どこへ行きましょうかね」



ごろごろごろ



乳母車、猫を乗せた乳母車

住宅街をどこまでも 

来た道と別の道を どこまでも進んでいく



にゃあにゃあ


ごろごろごろ



おばあさん、次第にあたりは、見知らぬ景色に変化して

見知らぬ古ぼけた、とたん屋根の 家並みに変化して


おばあさん、次第に、何もかも忘れて


忘れて


おばあさん、年まで忘れて



古い、平屋の木の壁の家

おばあさん、にこにこにこ 思い出す


「ここが私の家ですよ」


おばあさんとを開くと、 ずいぶん前に忘れたはずの 懐かしい人が迎えてくれた。


「まあ、遅かったのね、お帰り」


おばあさんはにこにこと、その家に入っていった。


猫たちと一緒に



ゴミ置き場で、おばあさんが座っているのを、近所の人が見つけて


娘さんに知らせた



おばあさんは、すっかり物忘れをしていて、娘さんに丁寧にお辞儀をした。



「まあ、初めまして どうかなさいましたか」



娘さんが、いくら言い聞かせてもおばあさんはそれっきり 

もう、何にも言わない。



おばあさんは老人ホームに入ったが、本当に、おばあさんはそこにいるんだろうか。


猫たちだけが、おばあさんが どこにいるのかを 知っている


でも、そんなこと 人間は 誰も知らない











この物語をアメーバでに掲載したとき、お叱りも受けました。

バットエンドだからです。

ちっとも楽しくない。


2012年の作品。

2012年には、母も元気でしたので、心苦しかったのですが

この絵の母は、母ではなく

「おばあさん」


彼女の中では、ハッピーエンド。

だって本当に帰りたい場所へ戻れたのですから。

私はそういう思いで描いたのです。


皮肉なことに、本当の母は、本当に、施設にいます。

心苦しいけれど…。